アプリケーションノート 697
無線機のフロントエンド性能を改善するSiGe (Silicon Germanium:シリコンゲルマニウム)技術
要約:このアプリケーションノートでは、シリコンゲルマニウムを使って、RFアプリケーションにおけるIC性能を改善する方法について説明しています。ノイズの影響を解析するためGiacoletoモデルを使用しています。また、SiGe技術の広い利得帯域幅により、低ノイズ性能を実現できることを示しています。直線性に対するSiGeの効果について考察します。
セルラ電話機など、携帯型のディジタルワイヤレス通信機器では、3つのパラメータがますます重要視されるようになっています。すなわち、1)デバイスに自立性をもたらす低消費電力と軽量バッテリ、2)受信距離を伸ばす高感度フロントエンド、及び3)許容ダイナミックレンジに直接影響するフロントエンドのより優れた直線性です。この最後のパラメータは、π / 4DQPSKや8QAMなどの非一定エネルギ変調方式の出現によってさらに重要度を増しています。
SiGeは、レシーバの消費電力、感度、及びダイナミックレンジを同時に改善するための最新技術です。GST-3は、SiGeをベースにした新しい高速ICプロセス技術で、35GHzの遷移指数(fT )を特徴としています。標準的なフロントエンドのブロック図(図1 )に、複合ミキサと低ノイズアンプ(LNA)でSiGe技術を用いた場合に実現可能な性能(1.9GHz)を示します。
図1. 標準的な無線入力回路(低ノイズアンプとミキサで構成)
SiGeのノイズ性能
ダウンコンバージョンリンクのノイズ指数に寄与する主要な要因は、LNAの初段トランジスタ入力段によって生成されるノイズです。ノイズ指数(NF)は、ネットワークの性能を表す数値であり、実際のネットワークとノイズのない理想的なネットワークにおけるノイズを比較したものです。電力利得(G)がG = POUT / PIN となるアンプやその他のネットワークのノイズ係数(F)は、次式で表すことができます。
NFは、ネットワークの入出力ポート間の信号対ノイズ比(SNR)の悪化の指標であり、一般的にはdB単位で表され、NF = 10log10 Fとなります。したがって、式は次のようになります。
F = 入力SNR/出力SNR
= (PIN / NIN ) / (POUT / NOUT )
= NOUT / (NIN × G)
問題になるのは、熱雑音(ジョンソンノイズまたはホワイトノイズとも呼ばれる)及びショットノイズ(ショットキノイズとも呼ばれる)です。このノイズがどのように生成されるかは、バイポーラトランジスタの詳細な高周波等価モデル(Giacoletoモデル。図2 を参照)を見れば理解できます。また、このモデルは、SiGe技術によってLNAのフロントエンドのノイズ指数が低減される仕組みについても示しています。
図2. この詳細なNPNトランジスタモデル(Giacoletoモデル)により、周波数効果の解析が単純化されます。
シリコンゲルマニウムの熱雑音とショットノイズ
温度が絶対零度(0°K)よりも高い伝導体の中では、電荷キャリアのランダムな動きによって、ランダムノイズの要因となる電圧と電流が発生します。導体の温度が高くなると、電荷キャリアのランダムな動きの速度が増すため、ノイズ電圧も増大します。トランジスタ内の寄生ベース抵抗(Rbb')によって生成される熱雑音は、Vn(f) = 4 kTRbb'です。ここで、Vn(f)は、V²/Hz単位で表した電圧スペクトルノイズ密度になります。kは、ボルツマン定数(1.38 × 10-23 ジュール/ケルビン)で、Tはケルビン温度の絶対温度(℃ + 273°)です。
ショットノイズは、電荷キャリアの粒子のような特性によって生じます。半導体中のDC電流の流れは、各瞬間には一定であると見なされることが多いのですが、いずれの電流も個別の電子と正孔から構成されており、これらの電荷キャリアの時間平均した流れが一定電流のように見えるだけです。電荷キャリアの数が変動すると、その瞬間にランダム電流が発生し、これがショットノイズと呼ばれます。
ベース電流におけるショットノイズのスペクトルノイズ密度は、Inb (f) = 2qIb = 2qIc / β です。ここで、Inbは、I²/Hz単位で表した電流スペクトル密度、IbはベースDCバイアス電流、qは1個の電子の電荷(1.6 × 10-19 クーロン)、β はトランジスタのDC電流利得です。したがって、トランジスタの入力段によって生成される全ノイズスペクトル密度は、熱雑音とショットノイズの和になります。
γ n = 4kTRbb' + RSOURCE 2qIc / β
マキシム社の新しいSiGeプロセスであるGST-3は、GST-2 (遷移周波数27GHzのバイポーラプロセス)の拡張版として、トランジスタのベースをゲルマニウムでドーピングすることによって開発されたものです。この結果、Rbb'が大幅に減少し、トランジスタのベータが著しく増大しています。これら2つの変化の複合効果により、SiGeトランジスタのノイズ指数が改善されています(類似のコレクタ電流を持つシリコントランジスタと比較した場合)。一般に、トランジスタのノイズ指数は、次式で表されます。
F = 1 + [ Vn²(f) / RSOURCE + Inb²(f) × RSOURCE ] / 4kT
Siバイポーラ及びSiGe技術のいずれの場合も、RSOURCE = Vn(f) / Inb(f)が最小のノイズ指数を与えるため、ソースインピーダンスをこの値にできるだけ近づけてLNAを設計することにより、SiGeプロセスの利点を最大限に活用することができます。
ワイヤレス設計のもう1つの重要な側面は、「ノイズ指数対周波数」のディレーティングです。標準的なトランジスタの電力利得は、図3 の上側の曲線によく似たものになります。この曲線は、図2の等価トランジスタ回路を考慮すれば、十分に理解しうるものです。実質的にこのモデルは、オクターブ(周波数が2倍)ごとに利得が6dBずつ低下するRCローパスフィルタになります。コモンエミッタ電流利得(β )が1 (0dB)になる最大理論周波数は、遷移周波数(fT )と呼ばれます。LNAの利得(G)は直接β に依存するため、ノイズ指数(F = NOUT / (NIN G))のディレーティングは利得のロールオフで始めることになります。
図3. SiGeバイポーラトランジスタは、高利得と低ノイズ特性を示します。
GST-3のSiGeプロセスにより、高周波数でノイズ指数が改善される仕組みについて説明します。トランジスタのPシリコンベースにゲルマニウムを加えると、ベース間のバンドギャップが80~100mV減少するため、エミッタ接合部とコレクタ接合部の間に強い電場が形成されます。この電場は、電子を急速にベースからコレクタに集めることにより、キャリアが狭いベースを通過するのに必要な通過時間(tb )を短縮します。他のすべての要因が一定に維持されている場合、このtb の短縮によってfT が約30%増加します。
同面積のトランジスタの場合、SiGe素子は、GST-2素子と比較して1/2~1/3の電流で所定のfTを実現できます。fT が高いと高周波ノイズが低減します。これは、β のロールオフがより高い周波数で起こるためです。
超低ノイズSiGeアンプ(MAX2641)
SiGe MAX2641は、シリコンバイポーラLNAと比べていくつかの利点があります。後者のNFは、2GHzの限界に近い周波数において小さくなります(すなわち、1GHzでの1.5dBに対し、2GHzでは2.5dB)。SiGe素子は逆アイソレーションが高いため、互いに影響を与えずに入力マッチングネットワークと出力マッチングをそれぞれ調節できます。
SiGe MAX2641は、1400~2500MHz範囲の動作に合わせて最適化されています。標準性能は、利得が14.4dB、入力IP3 (IIP3)が-4dBm、逆アイソレーションが30dB、及び1900MHzにおけるノイズ指数が1.3dBとなっています(図4 )。本製品は6ピンSOT23パッケージで提供されており、+2.7~+5.5Vの単一電源動作、消費電流3.5mA、及び内部バイアスになっています。通常必要になる外付部品は、2素子の入力マッチング、入力と出力のブロッキングコンデンサ、及びVCC バイパスコンデンサだけです。
図4. このSiGe集積回路の低ノイズアンプはノイズ指数が非常に低いことに注目して下さい。
SiGeの直線性
通信機器は、ノイズ及び限定された帯域幅の他に、信号の歪みによる制限があります。システムの有用性は、ダイナミックレンジ(すなわち高品質で処理できる信号範囲)に依存します。ダイナミックレンジはノイズ指数によって決まります。ノイズ指数の下限は感度レベルによって決まり、上限は信号歪みの許容最大レベルによって決まります。最適なダイナミックレンジを実現するには、消費電力、出力信号歪み、及びノイズに対する入力信号レベル間のトレードオフが必要です。
標準的なレシーバのブロック図(図1)は、LNAとミキサにおけるノイズ指数と直線性について、相対的な重要性を示しています。LNA入力はアンテナからの極めてレベルの低い信号によって直接供給されるため、そのNFが主要なパラメータになります。ミキサの場合は、LNA出力から増幅された信号が供給されるため、直線性が主要なパラメータになります。
完全にリニアなトランジスタは存在しないため、出力は入力信号の正確な複製にはなりません。出力信号は常に高調波、相互変調歪み(IMD)、及びその他のスプリアス成分を含んでいます。図5 において、POUT 式の第2項は第2高調波または2次歪みと呼ばれ、第3項は第3高調波または3次歪みと呼ばれます。いずれも、ワントーンの周波数、または周波数の近い2つの純粋な正弦波トーンからなる信号で素子の入力を駆動することによって測定されます。たとえば、MAX2681の3次相互変調歪みは、1950MHzと1951MHzの2つのトーンからなる-25dBmの信号によって測定されます。
図5. 2トーンテストにより高調波と相互変調歪みが測定されます。
POUT 式の周波数領域を表すグラフが示すように、この出力は基本周波数Ω 1 とΩ 2 、2次高調波2Ω 1 と2Ω 2 、3次高調波3Ω 1 と3Ω 2 、2次相互変調の生成出力IM2、及び3次相互変調の生成出力IM3からなります。図5はまた、狭帯域動作周波数(すなわち数十メガヘルツで1オクターブ未満)のセルラ電話機やその他の機器において、IM3スプリアス信号(2Ω 1 - Ω 2 )と(2Ω 2 - Ω 1 )だけがフィルタ通過域内に存在することを示しています。この結果、Ω 1 とΩ 2 に関連する所望の信号に歪みが生じます。
出力電力のレベルが低い場合、POUT 式の係数K1Aは入力信号の振幅に正比例し、K2A²は入力振幅の2乗、K3A3 は入力振幅の3乗に比例します。このため、それぞれを対数軸でプロットすると、応答の次数に対応する傾きを持った直線になります。
2次及び3次のインターセプトポイントは、性能を表す指標としてよく使用されます。インターセプトポイントが高いほど、その素子は大きな信号を増幅できます。電力レベルが高くなると、出力応答は圧縮され、基本の応答からずれてきます。この偏差ポイント(図6a )は、1dB圧縮ポイントとして定義され、曲線の直線部分の外挿を基準として出力信号が1dBだけ圧縮された点になります(G1dB = G - 1dB)。
MAX2681データシートによると、1900MHzより高い周波数におけるPOUT 対周波数はIM3に対して-56dBcのスプリアスフリーダイナミックレンジ(SFDR)を示しています(図6b )。標準動作条件は、PRFIN = -25dBm、IIP3 = 0.5dBm、及び変換利得 = 8.4dBです。LOからIFへの漏れ及びその他のスプリアス成分は、狭いバンドバスIFフィルタで除去できます(図1を参照)。MAX2681 (SiGeダブルバランスダウンコンバータ)は、わずか8.7mAの標準ICC 電流でこの性能を実現しています。
図6. このSiGeダブルバランスダウンコンバータは、a)低IIP3レベル(0.5dBm)およびb) 56dBcのダイナミックレンジを実現します。
もう1つのSiGeダウンコンバータミキサ(MAX2680)は、これとは異なる性能仕様を提供しています。超小型6ピンSOT23パッケージで提供されるこの素子は、シングルエンドRF、LO、及びIFポート接続部を備えたダブルバランスギルバートセルミキサからなっています。MAX2681と同様に、+2.7~+5.5Vの単一電源で動作し、400MHz~2500MHzのRF入力を受け付け、10MHz~500MHzのIF出力にダウンコンバートします。シャットダウンモードにおける消費電流は、標準で0.1µA未満です。LO入力は、標準入力VSWR (400MHz~2.5GHz)が2.0:1よりも良好なシングルエンドの広帯域ポートです。
SiGeのフロントエンド入力感度
MAX2641/MAX2681 SiGeダウンコンバータの使用によって達成できるフロントエンド感度を評価するため、信号帯域幅が4MHzのQPSK変調を考えます。また、計算を単純化するため、完全な矩形入力フィルタを仮定します。まず、アンテナスイッチとフロントエンド受動フィルタによる3dBの挿入損失を補正するために、3dBのNF (AntNF)を加算する必要があります。次に、LNAによって生成される歪み(IM3歪み以外の成分)を除去するために、ポストLNAフィルタを付加します。この目的のため、2dBの減衰とNFを備えたフィルタの使用すると考えます。1900MHzでは、ポストLNAフィルタのNFがMAX2681のNFの11.1dBに加算されます。
合計NF = フィルタNF + ミキサNF =
2dB + 11.1dB = 13.1dB
LNA入力は、アンテナからの極めてレベルの低い信号によって直接供給されるため、高NFを必要とします。ミキサのNFはLNA利得によって減衰されます。
合計NF = LNA NF + (1 / GLNA )(NFTOTAL - 1) = 2.054、
NFTOTAL (dB) = 10log2.126 = 3.12dB
QPSK変調でBERが10-3 の場合、最小限必要なビットエネルギとノイズエネルギの比は、アンテナ入力においてEb/No = 6.5dBです。+25℃における絶対ノイズフロアは、AbsNfl = -174dBm = 10log(KT)です(ここで、T = +300°K、K = 1.38 × 10-23 )。フィルタ帯域幅(dB単位)は、FiltBwth = 10log(4MHz) = 66dBです。図1において、QPSK変調のフロントエンド感度(BERを10-3 として)は、次式で評価されます。
入力感度 = AbsNfl + AntNF + FiltBwth + NFtotal + Eb/No
= -174dBm + 3dB + 66dB + 3.12dB + 6.5dB = -95.38dBm
結論
純粋なバイポーラプロセスと比べ、SiGeは、1.0GHzを超える周波数に対して低いノイズ指数対周波数値を実現します。また、低消費電流と高直線性も実現します。マキシム社は、1900MHzにおける変換利得8.4dBでノイズ指数11.1dB (SSB)、標準IIP3が0.5dBmという性能で、しかも消費電流がわずか8.7mAの高直線性シリコンゲルマニウムミキサを実現しました。SiGeのより高い遷移周波数(fT )によって高周波数の動作が可能になり、5GHzまでのアプリケーションを実現できます。
参考資料
Richard Lodge著「Advantages of SiGe for GSM RF Front-Ends (GSM RFフロントエンドにおけるSiGeの利点)」 Maxim Integrated Products, Theale, United Kingdom
Chris Bowick著「RF Circuit Designs (RF回路設計)」 (Howard W. Sams, & Co. Inc)
Tri T. Ha著「Solid-State Microwave Amplifier Design (ソリッドステートマイクロ波アンプ設計)」 A Wiley-Interscience publication, 1981, ISBN 0-471-08971-0
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